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東京高等裁判所 平成元年(ネ)219号 判決

控訴人 住友不動産システムコンストラクション株式会社

右代表者代表取締役 永野嘉男

右訴訟代理人弁護士 山分榮

被控訴人 加藤義泰

右訴訟代理人弁護士 中村源造

同 桧山玲子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、控訴の趣旨

1. 原判決を取り消す。

2. 本件を東京地方裁判所に差し戻す。

二、控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

第二、当事者双方の主張

一、控訴人の請求原因

1. 住友不動産リフォーム株式会社(以下「住友不動産リフォーム」という。)は、昭和六二年六月三〇日、被控訴人との間で、住友不動産リフォームを請負人、被控訴人を注文者として、被控訴人所有の東京都北区上十条四丁目一八番九号所在の木造家屋の改修工事一式を、代金一三三〇万円、内金六〇〇万円は契約時、残金七三〇万円は昭和六二年九月末日にそれぞれ支払う、工事完成引渡期日は昭和六二年九月一日とする、代金支払を期日に怠った場合の遅延損害金は日歩八銭とするとの約定で請け負う旨の契約(以下「本件契約」という。)を締結し、次いで、昭和六二年八月一日、両当事者間で、右改修工事中、台所キッチンをナショナル製品に変更すること、外溝工事について一部追加工事をすること、これらの変更に伴い請負工事代金を四八万円増額し、右増額部分は残代金支払時に支払う旨を約した。

2. 住友不動産リフォームは、昭和六二年九月一日約定通りの工事を完了し、これを被控訴人に引き渡し、請負代金合計一三七八万円のうち六〇〇万円は、契約時にその支払を受けた。

3. 控訴人は、昭和六三年一月一九日住友不動産リフォームを合併し、同社の債権債務を承継した。

4. よって、控訴人は、被控訴人に対し、本件請負工事残代金合計七七八万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和六二年一〇月一日から完済に至るまで約定の日歩八銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、被控訴人の本案前の主張

本件契約は、建築工事請負約款によって締結されたものであるところ、右約款第二〇条には、「この契約について紛争を生じたときは、建設業法に定める建設工事紛争審査会に対し当事者双方または一方からあっせん、調停または仲裁を申請する。この場合、紛争解決のために要する費用は、当事者平等に負担する。ただし、当事者間の合意によらないで、その一方からあっせんまたは調停を申請した場合は、申請をした者がこれを負担する。」(以下この条項を「本件紛争解決条項」という。)と規定されており、本件契約に関する紛争は、右仲裁契約により、建設工事紛争審査会の仲裁によって最終的に決せられるべきである。

したがって、本件訴えは訴訟要件を欠き、不適法であって、却下を免れない。

三、被控訴人の本案前の主張に対する控訴人の答弁

1. 本件契約が建築工事請負約款によるものであり、本件紛争解決条項が右約款第二〇条に設けられていることは認める。

2. 本件紛争解決条項は、本件契約についての紛争の解決について、裁判所への提訴を禁じるものではないから、厳密な意味で仲裁契約を定めたものとはいえない。右条項は、紛争解決の手段として、あっせん、調停及び仲裁制度があることを注意的に規定し、これらの手続がとられた場合について、契約当事者の費用分担を定めたものである。これを詳論すれば、以下のとおりである。

(一)  仲裁契約は、裁判所の有する紛争処理の権能を排除して、専らその選定する私設の裁判官である仲裁人の判断に服することを約するものであるから、仲裁契約と認められるためには、裁判所の判断を排除して専ら仲裁手続により紛争を解決するという趣旨が含まれているものでなければならない。

(二)  しかるに、本件紛争解決条項は、契約について紛争を生じたときは当事者双方またはその一方からあっせん、調停または仲裁を申請すると定め、これを申請しなければならないとは定めていないから、裁判所の判断を排除するものとはいえず、仲裁契約とはいえない。

(三)  また、本件紛争解決条項は、単に、あっせん、調停または仲裁を申請するとされているのみで、あっせん、調停を申請し、不調になったときにどうするかについては定めていない。したがって、本件紛争解決条項は、あっせん、調停または仲裁を最終的な紛争解決の手段としては考えていないものというべきであり、裁判所への提訴をも排斥する厳密な意味での仲裁契約ということはできない。

3. また、本件においては、追加請負契約が別個に存在し、これには本件紛争解決条項のごとき条項は存在しない。したがって、この追加請負契約にまで本件紛争解決条項が適用されるものではない。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、本案前の抗弁についての判断

1. 本件契約に際し当事者間に取り交わされた工事請負契約書に建築工事請負約款(以下「本件約款」という。)が添付されていることは成立に争いのない甲第一号証によりこれを認めることができ、本件約款第二〇条に被控訴人主張のごとき紛争解決条項が設けられていることは当事者間に争いがない。そして、控訴人が昭和六三年一月一九日住友不動産リフォームを合併し、同社の債権債務を承継したことは成立に争いのない甲第四号証及び弁論の全趣旨から明らかである。

2. そこで、本件紛争解決条項の内容が仲裁契約にあたるかどうかについて検討するに、前掲甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件紛争解決条項は、契約について紛争を生じたときは、契約当事者双方またはその一方から、建設業法に定める建設工事紛争審査会に対し、あっせん、調停または仲裁を申請する旨及びその場合の手続費用は原則として当事者の平等負担とする旨定めているところ、住友不動産リフォームは被控訴人との工事請負契約の締結に当たり、契約書に本件約款を何ら手を加えることなしに添付し、その内容を契約内容に含めたこと、本件紛争解決条項は、本件約款の第二〇条に「紛争の解決」なる標題の下に規定されているが、本件約款には、他に紛争解決規定が置かれておらず、裁判管轄に関する規定も置かれていないこと、住友不動産リフォームは増改築工事の請負等を業とする会社であり、かねてより本件約款を使用して請負契約を締結していたことがそれぞれ認められる。これらの事実に照らせば、住友不動産リフォームは、その業種及び専門の知識経験からして、建設業法による建設工事紛争審査会の機能、役割を十分に認識したうえで、これを活用し、注文主との間で契約について紛争が生じた場合には、最終的には同審査会の仲裁にその解決を委ねる趣旨の下に、本件紛争解決条項を含む本件約款を工事請負契約書に添付し、これを契約内容に含めたものと推認される。したがって、本件紛争解決条項は、契約について生じた紛争の解決を、最終的に建設業法による建設工事紛争審査会の仲裁に委ねた仲裁契約であるとみるのが相当である。

3. 控訴人は、本件紛争解決条項はその文言上「仲裁を申請する」とあって「仲裁を申請しなければならない」とは定めていないから、裁判所への提訴を禁じたものとはいえず、仲裁契約を定めたものとはいえない旨主張する。しかし、本件紛争解決条項は、前示のとおり、約款全体の趣旨等に照らして仲裁契約と判断されるのであるから、「仲裁を申請しなければならない」と定めていないとの一事をもって、これが仲裁契約にあたらないとする主張は当を得ない。

また、控訴人は、本件紛争解決条項は、あっせん、調停を申請し、不調になった場合にどうするのかについては定めていないから、仲裁契約を定めたものとはいえない旨主張する。しかし、前示のとおり、本件紛争解決条項は、建設工事紛争審査会という専門的行政機関に紛争の解決を委ねることにその主眼があるのであるから、あっせんまたは調停を申請し、不調になった場合は、当然に仲裁により解決を図るという趣旨がその中に含まれているものといわなければならない。したがって、控訴人のこの点に関する主張も理由がない。

さらに、控訴人は、本件において追加請負契約が別個に存在し、これには本件紛争解決条項のごとき条項は存在しないから、追加請負契約に本件紛争解決条項が適用されるものではない旨主張する。しかし、仮に追加請負契約書に本件のごとき仲裁契約の定めが存在しないとしても、追加請負契約は、その文言からして基本契約と別個独立の契約ではなく、これに追加して一体となるものであるから、基本契約たる本件約款を解消する趣旨の約定がある等特段の事情が存在しない以上、本件約款の効力に変更はなく、本件紛争解決条項も当然に追加請負契約に適用されるものと考えるのが相当である。したがって、控訴人の右主張は採用できない。

4. そうであれば、被控訴人の本案前の抗弁は理由があり、控訴人の本件訴えは不適法として却下を免れない。

二、よって、これと同旨に出た原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 伊藤瑩子 近藤壽邦)

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